こころのサプリメント「ころもがえ」

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こころのサプリメント「ころもがえ」

チャプレン室 金 知明(キム ジミョン)

沖縄にも少しずつ秋の風が吹き始めました。そろそろ薄手の長袖が恋しくなります。「どこにしまったかな」と、衣替えのことが頭によぎります。実は、聖書にも衣替えの話が出てきます。衣替えといっても、私たちが季節ごとに衣服を替える話ではありません。神様が私たちに造り、着せてくださった衣のお話です。

 

主なる神は人とその妻とのために皮の着物を造って、彼らに着せられた。(創世記3章21節)

 

これは天地創造、最初に神様に造られた人間、アダムとエバのお話です。

 

ーアダムとエバが蛇にそそのかされて、園の中央にある善悪を知る木から実を取って食べてしまった。それは「善悪を知る木からだけは食べてはいけない。」という神様の命令を破ることだった。何が善であり何が悪であるかを決めるのはすべての造り主、神様であったはず。しかし、アダムとエバは自分で知り、自分で決めることを選び、自分達がすべての基準となってしまった。(創世記3章より)ー

 

気づいたとき、2人はすでに(自分達を造られた神様の思いに背くという)罪の汚れと罪悪感に縛られて、神様の前で恥ずかしさと恐れを感じるようになっていました。神様から身を隠して生きようとする彼らを見て、神様は問いただします。
「食べてはならないと私が命じた善悪を知る木から、とって食べたのか?」

 

罪を犯した2人は、自分たちの恥ずかしい部分をなんとか隠そうと、いちじくの葉っぱで衣を作りました。しかし、それはまもなく神様によって皮の衣へと替えられました。体の1部を隠すはずのものが、体全体を覆うものに替えられたのです。それが、罪を犯した人間へ神様がされたことでした。

 

いちじくの葉の衣は、側に生えている葉っぱを切り取って編み込みながら繋げていきます。しかし、皮の衣はひとつの命が奪われ、罪のない動物の血が流されるのです。アダムとエバは神様が造り、着せてくださった皮の衣を見て何を感じたのでしょうか。動物が実際に引き裂かれるところを目にしなかったとしても、神様が造られたすべてのものと共にいた彼らにとってこの皮が動物のものであり、どのようにして作られるのか想像はできたことでしょう。ふたりはまさに自分たちの行いの結果によって罪のない命が奪われ、罪のない血が流されたという事実と向き合うことになったのです。

 

神様の恵みは深く、私たちに計り知れません。私たちは、過ちから自分自身を救うことさえできない者です。ただ神様の恵みを着せられた者です。たとえ、自分の姿に落ち込むことがあっても、そんな私を包み込んでくれる神様の恵みと愛に、安心と感謝を覚えて、今日も歩んでいきたいと思うばかりです。