「空間を埋める心を合わせての祈り」

  • チャプレン室「こころのサプリメント」

「空間を埋める心を合わせての祈り」

チャプレン 泉川 良道

彼らは町に入ると、泊まっている屋上の間に上がった。この人々は、ペテロとヨハネとヤコブとアンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党員シモンとヤコブの子ユダであった。

この人たちは、婦人たちやイエスの母マリヤ、およびイエスの兄弟たちとともに、みな心を合わせ、祈りに専念していた。

使徒の働き1章13、14節

 

人と人との間のすきまが大きくなると、寂しい気持ちになります。

日頃、目の前の出来事に追われているときは気にもなりませんが、周りを見回すと、誰もいないように感じてしまう時もあります。

 

それで現代は孤独を感じることがないように、その隙間を音楽で埋めたり、映像に意識を向けさせ、そこに空間があることに気付かないようにしています。

 

ですから音楽や映像が突然途絶えると、人と人の間をつなぎ埋めていたものが消えてしまい、そこにいる人と人との希薄な関係があらわにされるのではないでしょうか?

 

私たちは心を合わせることが出来る時、お互いの間に互いを思っての祈りが満ちてきます。

何もない空間に祈りを感じ、人の祈りを見るのです。

 

誰もいないと思っていたこの世界のいたるところに祈りを聴いてくださる神の存在の確かさを確認することができます。

 

このように心を合わせて祈る人たちは、どこにいても孤独ではありません。、つながりの中にいることの実感があるのです。

 

自分を取り囲む空間は、現代の人たちの避ける空虚な場所ではないのです。神が共にいてくださる愛の交差する場所なのです。

 

その祈りが満ちるところで、人は生かされ、人は祝福されるのですから、アガペ会の隅々で、高齢者の皆様のために心を合わせつつ祈る気高い姿を見たいものです。