若年性認知症カフェ
- ホーム
- お知らせ一覧
- 認知症カフェに関するお知らせ
- 若年性認知症カフェ
- 認知症カフェに関するお知らせ
若年性認知症カフェ
2025年10月18日(土) 12時~16時
【会場】 新オレンジサポート室
【参加者】14名(当事者0人、家族7人、支援者6人、行政調査員1人)
交流会(近況報告)
会の概要
今回のおれんじカフェは、若年性認知症のご本人、ご家族、支援者が集い、それぞれの思いや経験を率直に語り合う場として開催された。今回は、沖縄県の事業として進められている「認知症バリアフリー」の取組に関連し、当事者・家族・支援者向けアンケート調査を委託されている関係者も参加した。そのため、通常の交流に加えて、県の施策づくりにもつながる意見交換の機会となった。
参加したご家族は、自らの経験を社会に役立てたいという思いを持ち、熱心に説明を聞きながら、現場で感じている違和感や切実な悩みを具体的に語っていた。表面的な要望にとどまらず、日々の暮らしの中で直面している複雑な思いが率直に出され、非常に密度の高い語り合いとなった。
当日の様子
会の前半では、アンケート調査の趣旨や、認知症バリアフリーに向けてどのような視点が必要とされているのかについて共有がなされた。これを受けて参加者からは、設問の表現や考え方そのものについて、多くの意見が寄せられた。とくに大きな話題となったのが、「自立」という言葉の受け止め方であった。支援を考える側にとっては前向きな言葉として用いられることが多い一方で、ご家族にとっては「できなくなることが増えていく現実」の中で、その言葉が重く響くことがあるという声が相次いだ。
ご家族からは、「“自立”といわれても、本人も家族も、何をどこまで自分でやれたら自立なのか分からない」 「できないことが少しずつ増えていく中で、その言葉だけが前に出ると、できないことばかりに目が向いてしまう」「家族としては支えているつもりでも、“まだ自立できるはず”という言い方をされると苦しくなる」 といった発言があり、言葉の持つ意味が、立場によって大きく異なることが共有された。
また、当事者の立場を考えたときに、アンケートの質問量や内容が負担になりうるのではないかという指摘もあった。質問が抽象的で答えにくいだけでなく、回答のために自分の状態を振り返ること自体が心理的な負担になることもあるのではないか、との意見が出された。ご家族からは、 「質問が多いと、それだけで本人は疲れてしまうことがある」 「聞きたいことがあるのは分かるが、本人にとっては答えることそのものがしんどい時もある」 といった実感のこもった声も聞かれた。
さらに、「見守りが必要になる時期」をどう捉えるかという話題も出たが、参加者の関心は単純に時期を区切ることではなく、実際にはどのような場面で困りごとが生じ、どのような変化を家族が感じ取ってきたのかという、より具体的な経験に向かっていた。 「いつから見守りが必要か、というより、日々の中で“あれ、いつもと違う”と感じることが積み重なっていく」 「一つひとつは小さいことでも、家族はその変化をずっと見ている」
という趣旨の語りがあり、生活の中での違和感の積み重ねこそが、家族にとって重要なサインになっていることが伝わった。
ご家族から出された主な意見
今回の会では、とくにご家族の発言が活発であり、沖縄県の施策に生かしてもらいたいという強い思いが感じられた。単に制度を求めるというよりも、「現場の言葉が本当に届く形で反映されてほしい」という願いがにじむ語りが多かった。ご家族の意見として印象的だったのは、以下のような点である。
(1)「自立」という言葉への違和感
ご家族からは、「自立」という言葉が前向きな理念として示される一方で、現実の介護や生活の場面では、その言葉がプレッシャーや孤立感につながることがあるとの意見があった。認知症は進行に伴ってできないことが増えていくことがあり、その現実の中で「自立」が強調されると、家族も本人も追い詰められることがある、という率直な語りが続いた。
(2)質問の具体性と本人負担への配慮
アンケートの内容については、抽象的な問いよりも、日常生活に即した具体的な尋ね方が必要ではないかという意見が出された。同時に、質問数が多いことや、繰り返し状態を振り返らせる構成は、当事者にとって負担が大きい可能性があるとの指摘があった。本人の尊厳を守りながら声を聴くためには、「何を聞くか」だけでなく「どう聞くか」が重要であることが共有された。
(3)家族の経験を施策に生かしてほしいという願い
ご家族の語りは、日々の介護の苦労だけにとどまらず、「制度や施策は、現場の実感とつながっていてほしい」という願いに満ちていた。とくに、支援の言葉や制度設計の表現が、本人や家族を励ますものになるのか、逆に傷つけるものになるのかという点について、非常に敏感な問題意識が示された。
介護体験に関する語り
会の後半では、介護体験そのものについての語りが自然と広がっていった。参加者は、それぞれの経験をたどりながら、「どの時期が大変だったか」「何が特につらかったか」を振り返っていた。
とくに多く聞かれたのは、診断前の時期の大変さであった。 「今思えば症状だったのだと思うが、その時は理由が分からず、どう接していいか分からなかった」 「周囲には伝わりにくく、本人も家族も苦しかった」 「診断がつく前が、いちばん不安で、いちばんしんどかったかもしれない」 という趣旨の話があり、診断前の混乱や孤立感が、ご家族にとって大きな負担になっていたことがうかがえた。また、介護の大変さは単に身体的な負担だけではなく、「どう理解したらよいか分からない」「どこに相談したらよいか分からない」「本人の変化を受け止めきれない」といった精神的な揺れを伴うことも語られた。参加者同士がうなずきながら話を聴く姿があり、個々の経験が共有されることで、「自分だけではなかった」と感じられる時間にもなっていた。
アンケート調査参加者にとっても学びの多い機会
アンケート調査のために参加した関係者にとっても、今回の会は非常に示唆に富む機会となった。調査票の文面や支援の考え方だけでは見えにくい、ご本人・ご家族の生の思いに直接触れることができたためである。とくに、「自立」という言葉に対する家族の揺れる思いについては、会の中で繰り返し語られ、支援
や施策における言葉選びの重要性を改めて考えさせる場面となった。 「よかれと思って使っている言葉でも、受け取る側には違って響く」 という現実が、具体的な経験を伴って共有されたことは大きな意義があった。
また、「見守りが必要になる時期」などを一律に整理しようとするよりも、生活の場面ごとの困りごとや、家族がどのように変化を感じ取ってきたかを丁寧に聴いていくことの大切さが浮き彫りになった。今回の会は、調査協力の場であると同時に、施策の視点を現場に引き寄せるための貴重な対話の場となった。
まとめ
今回のおれんじカフェは、若年性認知症のご本人やご家族、支援者が安心して語り合える場であると同時に、沖縄県の認知症バリアフリー施策を考えるうえでも大変意義深い時間となった。ご家族からは、制度や支援のあり方について、日々の暮らしに根ざした具体的な意見が数多く出され、「生の声」に触れることの大切さが改めて確認された。
とくに印象に残ったのは、「自立」という言葉をめぐる議論である。支援の理念として使われる言葉であっても、本人や家族の立場からは別の重みを持って受け取られることがある。そのため、今後の施策や調査においては、当事者・家族の思いに寄り添った言葉の選び方、質問の仕方、対話の持ち方がより一層求められる。また、介護体験についての語りでは、診断前の時期の苦労や、生活の中で変化に気づいていく家族の戸惑いなど、実際の暮らしに根ざした経験が共有された。こうした語りは、単なる情報ではなく、支援の方向性を考える上で重要な示唆を含んでいる。
今回の会は、参加者同士が経験を分かち合い、互いにうなずき合いながら支え合う場であったと同時に、県の施策づくりに現場の声を届ける場としても大きな意味を持っていた。今後もこのような対話の場を大切にしながら、本人・家族の声を丁寧に受け止め、支援や地域づくりに生かしていくことが期待される。
