こころのサプリメント「心の重荷」

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こころのサプリメント「心の重荷」

チャプレン室 瑞慶山 真

歴史に関心があっても覚えるのが苦手な私は、

大河ドラマをよく見るようになりました。

群雄割拠の時代を駆け抜け、

後に征夷大将軍となって

江戸に幕府を開いた人物として知られるのが徳川家康。

幕府は約260年、15代まで続きました。

 

家康が残した言葉(遺訓)に

「人生五十年、それは重い荷物を背負って、長い道のりを歩いていくようなもの」という言葉あります。

幼い頃に親元から引き離されて人質となり、

権力者に逆らえず身内にも手をかけた史実を思えば

この言葉は至極当然の事に思えます。

 

では、その重荷を降ろして休む事はあったのか、

信頼し合って共に歩んでくれる人はいたのだろうかと思えてくるのです。

彼が残した言葉は、後々の子孫たちにも受け継がれていきますが、

外国との交流を制限したり、

身内同士または家臣との間に混乱が絶えなかった事を思うと、

身内や側近の者であっても気を許せなかったのかもしれません。

 

確かに私たちは、誰でも自分の重荷を背負っています。

最近では、人生は百年時代と言われるようになりました。

単純に考えれば、人生五十年と言われていた時代の二倍、重荷を背負うことになったというわけです。

重荷を背負った状態、

別の言い方をするなら、

行き詰った状態、孤立、孤独を感じている状態とも言えます。

それが長く続くのはとても大変な事です。

 

そのような私たちに、

イエス・キリストは「重い荷物を背負って苦労している人は、誰でも私のもとに来て休みなさい」と言ってくださるのです。

私なら「重い荷物を背負って苦労しているんですか、私もそうなんですよ。お互い大変ですね。」と共感や同情は出来るのかもしれません。

もしかすると、心の内では「休みたいのはこっちの方だ」と思うのかもしれません。

 

しかし、イエス・キリストは「来て休みなさい」と、必ず休めると保証しています。

5年、10年先、明日さえどうなるか分からないのが私たちです。

そのような私たちをイエス様は心配してくださっています。

心に重荷を背負っていませんか。

どうか疲れ果ててしまうその前に、

伴走者となってくださるイエス・キリストのもとで一休みしませんか。

 

人はなぜ重荷を背負うのでしょうか。

神様は、人が一人でいるのはよくない事だと、

人は関係の中で生きるようにしてくださいました。

自分の力ではどうにかなると思っている間は、

人は周囲の助けや神様を必要としないのかもしれません。

重荷を自覚する。

それは神様が人に備えてくださった、心の安全装置なのだと私は思います。

 

 

人はそれぞれ、自分自身の重荷を負うべきである。(ガラテヤ6章5節)