こころのサプリメント

「主は私の羊飼い」

チャプレン室 伊是名 雅弥

 
主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。
主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。」
(詩篇23篇1、2節)
 

詩篇23篇はイスラエルのダビデ王の晩年の作で、今でも多くの人に愛されている詩です。
西欧の文学や映画でも、この詩が引用されたりしますので、皆様もどこかで見聞きしたことがあるのではないでしょうか。
また、仔羊を抱く羊飼いとしてのイエスをモチーフにした絵画も多くの画家によって描かれ、見る者に癒しと平安を与えます。
 
聖書の中でよく人間は羊にたとえられますが、ダビデはここにおいて自分を一匹の羊、神を羊飼いにたとえています。
場面は牧草が豊かに生い茂る野原でなく、荒涼たる荒野です。
私たちの人生はいつも平原の道とは限らず、試練と困難のある荒野に直面する時もあるでしょう。
 
羊は目が悪いため、道に迷いやすく、目の前の草を食みながら、岩場の穴に落ちたり、野獣の住む危険な場所にたどり着いたりすることもあります。
また羊は足も遅く、牙や爪など、相手を攻撃する武器もないために、野獣に襲われたら終わりです。
 
そのような中で、羊飼いは先頭に立って羊を導き、命がけで羊を遭遇する危険から守ります。羊は羊飼いのそばにいる時に、安心して過ごすことができます。
ダビデは敵に追われ、苦難の道を歩きましたが、晩年になって、自分の人生を回顧して、「私は、乏しいことがありません」と述べています。
 
羊が緑の牧場、いこいの水のほとりでその命が養われたように、神はダビデの体を支え、傷ついた魂を癒し、希望を失って死の影の谷を歩んでいた時にも、共におられて守って下さったのです。
羊は羊飼いの声を聞き分けて、その声に従っていきますが、それは羊飼いに対する信頼が築かれているからです。
 
私は以前、何度も入退院を繰り返しました。心が落ち込み、これからどのように生きていったらいいのか、悩む日々を過ごしたことがあります。
そのような時、この詩篇23篇のみことばが私を支えてくれました。
 
よき羊飼いであるイエスは、私のうちひしがれた声なき声を聞き、その変わらぬ愛をもって、生きる希望と平安を与えてくれました。
今、主に感謝しつつ、チャプレンとしての働きに勤しんでいます。
皆様の上に、よき羊飼いであるイエスの愛と平安が豊かに注がれますようにお祈りしています。