こころのサプリメント

「よい働きのために必要なもの」

チャプレン室 瑞慶山 真

 
両親が共働きの家庭で育った私にとって、日曜の夜が家族にとっての団らんの時でした。食卓を囲んで、それぞれの近況を話し合ったりしたものです。
父と母は、それぞれ教会での役割も担っていたので、朝の礼拝だけでなく、午後には、父は教会の役員としての勤め、母は婦人たちの活動に積極的に参加し、時には集会や奉仕へ出掛けていく事もあったので、家族が揃う週のはじめのこの時間を特に大切にしていたのでしょう。
 
私と二人の兄とは年が離れていた事もあり、父は息子たちとの話題についても気を配っていたのだと思います。父が兄と話をしていると、私はもう自分の話しを聞いて欲しくて、父と兄の会話に割って入る事や、話しの内容もよく理解していないのに、父と兄の笑い声につられて一緒に笑い「何がおかしいのか、分かっているの?」という顔をされた事もありました。
 
テレビから聞こえる9時の時報を合図に「明日は学校、早く寝なさい。」と、台所から夕食後の洗い物を片づけている母の声が聞こえるわけです。楽しい時間がもっと続けばいいのにとよく思ったものです。
ソファで眠ったふりをして、父に抱きかかえられ寝室に連れていってもらった事もありました。
 
聖書には、『子どもたちと家庭をよく治めなさい』(Ⅰテモテ3章から)という言葉があります。
この言葉は、教会でリーダーの職につく者や奉仕の働きを担うのに相応しいのは、どのような人物であるかを教えている箇所です。
両親は、日々の祈りの中で「今日もよい働きをさせて下さい」と願い、家庭、教会、仕事それぞれに向き合う時には、神様の前で正しく喜ばれる事を選択出来るよう心に留めていたと思います。
悩みや失敗する事があり、時には誰かを傷つけてしまう事もあったのだと思います。でも、神様に信頼し、神様が最善を成して下さると信じる両親の周りには、いつでも慕ってくる人、頼ってくる人が家にやって来ました。
両親は訪ねてくる人は誰でも家族として迎えていました。
 
私も、よい働きをするためには『子どもたちと家庭をよく治めなさい』と教えるこの聖書のことばを大切にしています。