こころのサプリメント

「つながって得られる幸せ」

チャプレン室 瑞慶山 真

 
『わたしはまことのぶどうの木であり、わたしの父は農夫です。』
ヨハネによる福音書15章1節
 
聖書に、ふどうの木を手入れする農夫の話しが出てきます。
豊かにぶどうを実らせるという事は多くの祝福を表しているといえますが、木そのものに実が直接なるのではなく、幹から伸びる枝に実はつきます。
当然、枝だけでは実をつける事ができませんし、それどころか、すぐに枯れてしまう事でしょう。良い枝をはり、豊かにぶどうを実らせる為には手入れが必要です。
ここで言われる農夫とは父なる神様の事です。ぶどうの木はイエス・キリストを指しています。そして、ぶどうの木につながる枝は私たちの事だと教えています。
 
神様もイエス様も、木につながる私たちが沢山の幸せを豊かに実らせ、その実を受け取った人々にも幸せが分け与えられていく事を望んでいるのです。
私たちの心に悪い芽が出て、それが成長し悪い実をつける事がないように神様は私たち一人ひとりの心を丁寧に取り扱って下さいます。イエス様は、枝である私たちが成長し実をつけるために一つの命でつながって下さるのです。
私たちの喜びは、実を豊かに実らせる事はもちろんですが、その実を受け取る人々と喜びを分かち合う事でもあります。
実を受けた人々の幸せを、私たちと共に神様とイエス様も喜んで下さるのです。
  
中学校に入学した頃の私はよく問題を起こしました。ある時、事件を起こし、その事で両親とおじさんに厳しく叱られた事があります。
そして父はすぐに私を連れて相手の家に行き、「息子がした事は親の責任です。どうか許して下さい」と頭を下げて謝ったのです。
『人を傷つけ、悲しませても何とも思わない人になってはいけないよ』、『自分だけ良ければ周りはどうなってもいい、そんな考えを持ってはいけないよ』、そのように思って本気で叱ってくれたわけです。
それは私の心に芽生えた悪い芽を取り除くためだったと気づかされた訳です。
 
 私も大きくなり家庭をもつようになりました。
家族が集まる時、両親やおじさんは、孫たちを喜んで迎えてくれます。
一人ひとりの成長に合わせ、小さな喜びにも目を留め一緒に喜んでくれます。
目標に向かって頑張る姿に、「祈っているよ。」、「いつも祈っているからね。」と一緒に応援してくれるのです。