こころのサプリメント

「福音こそ備えるべきもの」

チャプレン室 長濱 カンナ

 
物事を始める前には、何事でも大なり小なりの準備は欠かせません。
 
聖書にあるマルコ福音書の1章1節に「神の子イエス・キリストの福音のはじめ。」とあります。
 
聖書は、旧約聖書と新約聖書に分かれています。
旧約聖書は、イエス・キリストが生まれる以前に記述されたもの。
新約聖書は、イエス・キリストが生まれてから後に記述されたものです。
 
マルコ福音書はその新約聖書の中にあります。
マルコ福音書の1章2節~8節には、すでに旧約聖書にイエス・キリストの誕生について記述があること、またそこで記述されている通りにイエス・キリストの働きの前にヨハネという人が前もって道備えをしたことが書かれています。
預言から現実に起こるまでの時間的隔たりは大きく、物語としてあまりにも壮大で、想像を超えていますから、聖書は空想の物語のように感じられるかもしれません。しかし、現実に聖書は事実存在したこととして受け継がれているのです。
 
驚くことに福音が伝えられるために、イエス・キリストがお生まれになる(紀元)前から、すでに事は始まっており、準備は着々と進んでいたのです。
福音とは、良い知らせの事で、私たちを苦しみと絶望の淵から救い出し、祝福と平和を与え、安らかに導いて下さることを知らせています。
 
イエス・キリストが誕生なさるまでの準備期間のスケールの大きさにも圧倒されますが、福音がもたらされて現在に至るまでの月日を考えると、神様の働きは私たちの想像をはるかに超えるものです。
科学的に追求することで事実を明かそうと試みても到底無理な話しで、福音を受け入れるのは信仰によるしかないのです。
 
現実の中にいると、悩みが私たちの行く手を阻み、暗闇が覆うように感じることも多く、ブラックホールの中に吸い込まれる気分になります。
環境を変えるという手段では一時の安らぎにしかならないでしょう。
広い海と空を眺め、果てしない宇宙を想像する時、不思議と自分の悩みが小さく感じられたことはありませんか。実際、神様はそれをはるかに凌ぐ果てしないスケールをもって私たちの人生に介入し、ご計画をもっておられるのです。
 
ですから、苦悩の中にわずかに射す光を見過ごさないようにしたいものです。
私たちに良き訪れをもたらす福音を受け入れることこそ祝福に至る道なのです。
この福音こそ私たちが備えなければならない、どんな苦難にも立ち向かえる最大の武器であり力なのです。