こころのサプリメント

「塩で一つに結ばれる家族のこころ」

チャプレン室 瑞慶山 真

 
私は、おいしいごはんが大好きです。
おいしいごはん・・・それは丁度よい味つけがされた食事だと言えます。
では、丁度よい味にするために必要なものとはなんでしょう。
それは塩、塩の味加減だと思います。
塩には、スーっと溶けて全体に広がり、違うもの同士を一つにまとめる働きがあります。だから、野菜や肉だけではバラバラだった味も、丁度良い塩加減で一つにまとまる事が出来るんですね。
 
私たち、人と人の関係も、塩で味付けされた言葉で一つにつながりなさいと聖書は教えています。
身近な存在の家族も人と人の付き合いですから、今日は私の家族のことを少し紹介します。私には、年の離れた兄が二人と、年の近い弟が一人います。
頭の良い長男、スポーツが得意な二男、そして末っ子四男、私は甘えん坊の三男でした。
小学校に入った頃の私は、学校帰りにいつも道草ばかり、夕暮れ時になってようやく家へと向かいました。
ところが車庫に母の車が止まっていないと知ると急に淋しくなって、母の帰りを待ちきれず、車が走る通りまで出て、そこで路肩に膝を抱えるように座り込み、薄暗い中で母の車を待つ事もよくありました。
母の車が通り過ぎた時には、うれしくて走って追いかけました。車の通りがない時には停車して乗せてくれる時もありました。
「何日も会ってないわけでもないでしょ・・・」と言われた事もありました。
 
ある日、母にこんな事を聞いた事もあります。
「お母さん、兄弟四人の中で一番誰が好き?」、
すると母は、「もちろん、みんなの事が大好きさー」と答えるんですね。
親は、子供を頭の良い順番で可愛がるのではありません。
体の大きさや力の強い順番で可愛がるのでもありません。
勉強が苦手でも、運動が苦手でも、あなたはあなたのままでいい。
自分にとっての幸せを見つけて欲しい。
そう心から願い、私たち兄弟に接していてくれていたのでしょう。
 
私の父と母も、聖書の神様を信じています。
神様から親の心にふさわしい塩味の効いた言葉を頂いて私たち兄弟を育ててくれました。
塩はみんなを一つにするものです。
私たち兄弟も、塩味のきいた言葉を親から頂き、私も親子の絆を知り、兄弟の絆を知り育ちました。
もちろん、時には厳しい一言もありました。
でも、それも塩味のきいた優しい言葉だったと振り返る事が出来ます。
 
やがて中学生になり、反抗期で荒れていた時期もありました。
ある時、問題を起こして、親が学校に呼び出された事があります。
『反省が足りない!』と言って、親が来るまで職員室で正座させられました。
母が仕事を休んで学校に来ました。
先生から、こんな問題を起こしたんですよと説明があり、「反省するまで学校に来るな」と言われ家に帰されました。
母と並んで立ち、先生に頭を下げ、車で一緒に帰るわけですが、車の中で、母は、一言もしゃべりません。
でも、車のスピードはどんどん上がり、勢いよくカーブを曲がると私の体も傾くわけです、「これはただ事ではないぞ」と感じ取りましたが、何を言っていいのか言葉が見つからず、ただ黙っているだけでした。
家に着いて中に入ると、一言もしゃべらなかった母が「どうして・・・」と言うのです。その後の言葉が続きませんでした。
「どうして」の次に何が言いたかったのか、今でも分かりません。
でも、母のあの声、あの表情を思い出すと、親の心を傷つけてしまったと気づかされ、自分の心も締め付けられるように苦しくなりました。
「どうして」という、あの言葉は、一つに結ばれた家族の心から私が離れてしまうかもしれない、そうなって欲しくないとの願いが込められた、塩味の効いた一言だったのでしょう。
今でも思い出すと胸がチクっと痛みます。
 
子供たちを大切に思う両親は、いつも家族の心が一つにつながって幸せでいられるように祈ってくれています。
そして四人の息子が集まったその日を喜んでいます。

『 見よ、兄弟が和合して共におるのは/いかに麗しく楽しいことであろう。』
詩篇133篇