こころのサプリメント

「神様に任せる信仰」

チャプレン室 奥間 隆伸

 
聖書の中に、ある目の不自由な方の話があります。イエスの弟子たちはその人を見た時に、
 
「先生。彼が盲目に生まれついたのは、だれが罪を犯したからですか。この人ですか。その両親ですか。」(ヨハネによる福音書9章2節)
 
と聞いたのです。弟子たちを含めて、当時の人たちは何か悪いことが起こるのは、何か間違ったことをしたからだと考えていたようです。こんな風に言われてしまうと、その目の不自由な方は、ただでさえ目が見えないことで不便で、辛いことがあるのに、よけいに嫌な思いになってしまったと思います。
 
私たちも問題が起きたり、失敗した時、友だちや周りの人に「あなたがああいうことをしたから、こうなったんだよ。」と言われ、ひどい時には、自業自得、自己責任だと言われてしまい、とてもつらい思いをすることがありますね。
 
失敗した時や辛い時、私たちが必要としているのは、その原因についてああだ、こうだと人に言われることではなく、自分の痛みや苦しみを理解してもらい、そのことを解決する方法を教えて欲しい、助けて欲しいということですね。
 
イエス・キリストはそれをして下さる方です。イエスは、弟子たちの先ほどの質問に
「この人が罪を犯したのでもなく、両親でもありません。神のわざがこの人に現れるためです。」(ヨハネによる福音書 9:3)
 
と答え、この目の不自由な方の目が見えるように奇蹟を起こされました。目が見えるようになったことは、この人にとって思いもよらないことで、どれほど大きな喜びだったでしょう。自分の力、周りの人の力ではどうすることもできないことでしたから。
 
皆さんも自分の力では解決することが難しい、苦しみや悲しみ、問題に直面したことがあったのではないでしょうか?
 
私はアメリカ留学から帰ってきて、一週間目に父親が体調を崩して入院することになってしまいました。沖縄に帰ってきたばかり、仕事もなく父親の看病もありとても困ってしまいました。生活はどうしよう?父親の面倒はどう見たらよいのか?本当に困ってしまいました。当時、母親はすでに亡くなっていて、父親の面倒を私一人で見る必要があったのです。その時、教会の知り合いの方が私に福祉系の仕事を紹介してくださり、父親の世話もその福祉施設でみることができるようになったのです。私は本当に嬉しかったですね。自分の力ではどうすることもできなかったことを、神様はこの教会の方を通して解決してくださったのです。
 
私を愛し助けて下さった神様は、同じ様に皆さんの命をとても大切なものとして考えて、愛してくださり、祝福したいと願っています。皆さんが今日を生きる力、明日につながる力を神様は喜んで与えてくださいます。ですから、困難な事にぶつかっても、問題や苦しみ自体に目を向けるのではなく、その中に働いておられる神様に助けを求めましょう。神様が私たちを問題の中から、どのように導いて祝福してくださるか、期待しつつ祈ることをお勧めします。