こころのサプリメント

「人はパンだけで生きる者ではない」

チャプレン室 伊是名 雅弥

 
『人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである』と書いてある」。
(マタイによる福音書4章4節)
 
上記のことばは、聖書の中でよく知られているみことばの一つではないかと思われます。
私たちの生活において、肉の糧となるパンと心の糧となる聖書(神のことば)の必要性が述べられています。
健康を維持するためには食事は必要ですし、旬の食材は食べる楽しみを与えてくれます。
 
主イエスも弟子たちだけでなく、当時、イスラエルの同胞から蔑まれていた人々の中にも入って行かれて、一緒にパンを食べ、食事を共にされて、交わりを深めていかれました。
また、五つのパンと二匹の魚で5千人の群衆の食を賄われたこともありました。
 
ここで問題とされますのは、「パンだけ」を求めて生きる生き方にありました。
「パン」とは私たちの必要とする全てのものを象徴しているとの見方もできると思います。
資本主義社会の中でパンのみを求めることに必死になり、多くの資源やエネルギーを得るために、乱開発を進めた結果、環境が汚染され、一部の富める国とそうでない国との間に格差が生じ、貧困や失業など、今日、見られる多くの問題が起こって来ています。
 
これらの問題は私たちの生活の場でも起こって来ています。
パンだけを求める生き方は、他者との関係を顧みずに利己的な生き方になってきます。
 
このパンの問題を考えてみる時に、沖縄もそれに窮した時代がしばしばありました。
薩摩の支配下にあった1600年代初めの頃の琉球の人口は約10万人位だったと言われます。
米は薩摩に上納され、台風の襲来や干ばつによる飢饉も起こり、そのために琉球の人口はなかなか増加しなかったと言われます。
 
その時、琉球を救ったのが唐芋でした。唐芋は野国総官が福州から持ち帰り、それを琉球に広めたのは儀間真常でした。唐芋は高温多湿、台風や風にも強く、まさに琉球にはうってつけの作物でした。
唐芋が普及することによって琉球の人口も増えて、100数年後には、20万人になりました。
 
また大正末期から昭和初期にはソテツ地獄と呼ばれる大きな食糧難が起こり、米をおろか、芋さえに口にすることができずに、調理を間違えば、命を奪うソテツの実や幹を食べて飢えをしのんだ時代もありました。
 
現在、沖縄も生活が豊かになり、物が満ち溢れるようになりましたが、その反面、先人たちの持っていた心の優しさや相互扶助の精神もだんだん薄らいできているように思われます。
家族や門中などの相互に支え合う関係も希薄して、家庭の崩壊やひきこもり、貧困等、多くの問題も生じてきています。
 
私たちは聖書の言葉を通して、神の愛と計画を知ることができるようになります。
そして、私たちが神との関係の中で生きることができるようになる時に、本当の自分のアイデンティティーを確立し、心の中に平安と希望が与えられます。