こころのサプリメント

「神様の選びの真実」

チャプレン室 林 利行

 
 高校三年生の春のことです。私は初めて自分の人生の歩みの岐路に立ちました。進学するか就職するか、どちらを選ぶにしても、その先にも取捨選択する場面が想定されました。「Life is a series of choices(人生は選択の連続である)」この言葉はシェークスピアの名言です。
 
私自身も選択することが人生の歩みであると思っていました。
自分の可能性を信じ、神様に祈り求めていた時です。
礼拝の中で読まれた聖書の一節「あなたがたがわたしを選んだのではありません。わたしがあなたがたを選び、あなたがたを任命したのです。それは、あなたがたが行って実を結び、そのあなたがたの実が残るためであり、また、あなたがたがわたしの名によって父に求めるものは何でも、父があなたがたにお与えになるためです。」(ヨハネの福音書15章16節)
この言葉が私の心に響いてきました。
 
人生は選んでいく側面もありますが、選ばれた神様の御心があることに気付いたのです。それならば、自分の人生は神様にお委ねし、今導かれていること、与えられていることに心を尽くすようにと整えられていきました。
 
そして高校卒業時には、神学部(牧師を養成する学科)へと門戸が開かれていきました。
                                                  
入学から三年間は、昼間働きながら学費を得、夜間で学びを続けました。とても勉学に集中できる状況や環境ではなかったです。
 
在学中、働いていた会社の倒産、離れていく友人、起伏の激しい三年間でした。また、昼間部に編入し、さらに三年間の学びを経て、ようやく牧師として歩むようにと導かれていきます。
 
それからの歩み、今日までの私の人生は変化の連続でした。人生はある程度コントロールできると思っていた時もありましたが、とんでもない間違いであることを思い知らされる出来事もありました。
 
この数年間を振り返ると「まさか」という言葉をよく見聞きしました。
「あのような地震がまさか起こるとは思っていなかった」「あのような津波が…」「あのような火事が…」と立て続きに襲ってくる天災に翻弄されてきた日本列島です。
 
このような現実は決して他人事ではなく、私たちの身近にも起こってくるかも知れません。
 
しかし、聖書の言葉は決して変わりません。
先に記したヨハネの福音書15章16節の短い一節が、いつも私の心を支えています。
 
選んでくださった神様の導きは、皆様にもあります。
 
ある牧師が「あなたの問題(人生)を神様に丸投げしなさい」と勧めてくれました。神様の最善を信じて委ねる時に、必ず私たちの心には平安が満ちます。
 
神様の委ねること、任せることによって道は開かれていきます。